白州の森の中で生まれるシングルモルトウイスキー「白州」。 その㆒滴には、長い年月をかけて試行錯誤され、 受け継がれた、「つくり手の技術と想い」が凝縮している。 連載第2回では、繊細なウイスキーづくりに向き合い続ける つくり手たちのこだわりと情熱にスポットを当てる。
森と共に日々を過ごし、 自然を知るからこそできる、 「農」にも近い、 ウイスキーづくり。
森の中で50年磨かれた クラフトマンシップ
八ヶ岳南麓を代表する酒であるシングルモルトウイスキー「白州」。その原酒は、日本有数の名水地であり、標高約700メートルの広大な森林の中にある『白州蒸溜所』で生まれる。「森林公園工場」をコンセプトに、ありのままの自然と共存する世界でも珍しい蒸溜所だ。 竣工50周年という節目の年を迎えた2023年10月、白州蒸溜所はリニューアルオープンし、場内を見学できる「白州蒸溜所ものづくりツアー」も再開された。ツアーでは蒸溜所を取り巻く豊かな自然の中でどのように「白州」が生み出されるのかを知ることができるが、その環境の恵みを最大限生かして製品を生み出すのは、「人の手」に他ならない。「白州蒸溜所の原酒」が持つ、みずみずしい香りと爽やかで軽快な味わいは、森とそこで働く人の営みあってこそ生み出されるのだ。さらに、「仕込」「発酵」「蒸溜」「熟成」という工程それぞれに、歴代のつくり手によって確立されたウイスキーづくりのノウハウがある。そんなつくり手の想いをより深く知れば、「白州」がより一層味わい深いものとなる。
仕込から蒸溜までの工程を担当する木戸春花さんも、そんな白州蒸溜所のクラフトマンシップを受け継ぐ一人。「森の蒸溜所」という環境に惚れ込んで入社した。 「製品製造といえば機械的な流れ作業の印象がありますが、ここで働くようになって、そのイメージはガラリと変わりました。発酵工程一つとっても、私たちつくり手が発酵の進み具合や麦汁の状態を目や香りで都度チェックしています」と木戸さん。 蒸溜所周辺の風土や気候が味わいに影響を及ぼすウイスキーづくりにおいて、この場所で日々働き、四季を過ごすからこそ、つくり手は気候や気温の微細な変化を察知し、ウイスキーづくりに反映させることができる。「ここには何十年とキャリアを積んだ熟練のつくり手がいるだけでなく、そのトライ&エラーの歴史が記録として残され受け継がれています。そうした知識を学ぶと共に、この土地の風土を肌で感じて理解し、ウイスキーづくりに生かしていければと思います」。 ウイスキーとは自然の恵みの凝縮であり、50年間この場所でウイスキーをつくり続けてきたつくり手たちの時間の結晶でもあるのだ。
素材と向き合い、 気候の力を借りて、 華やかな香りが 生まれる。
酵母の活動を見守り 我が子のように寄り添う
ウイスキーづくりの地に白州が選ばれた決め手は、南アルプスの地層に磨かれた清冽な地下水があったからこそ。この仕込み水を使った麦汁を発酵させ、もろみにする。「まず、美味しい水でないと良いウイスキーは作れません。この水を変えると『白州』にはならないし、同じ水でも場所が変われば『白州』にならない。発酵槽は温度管理が難しい木桶をあえて使用していますが、それも全ては『白州』の味わいのため。この組み合わせでなければ作れないのです」。そう語るのは、ウイスキーづくりに四半世紀を費やしてきた醸造グループ課長の山谷裕司さん。発酵の管理は常に季節を感じながら行う。「発酵で大事なのは酵母の働きです。温度が高すぎると発酵が早く進んで良いもろみができません。そのため、夏は窓を開け放って冷涼な森の空気を取り入れます。生き物の世話と言ったら大袈裟かもしれませんが、そういう感覚は確かにありますね」と微笑む。手間暇かけてできたもろみは、フルーティーで複雑な独特の香りを纏うのだとか。 「この香りは体で覚えていて、発酵を終えてこの香りがすると『良い発酵だったね』とグループみんなで喜んでいます」。
愛情と 手間ひまをかけて つくり出される 味わいの源。
ポットスチルに設けられた窓から泡の状態を目視確認し、火力を加減する。
長年の経験と愛情で 個性に向き合う
できあがったもろみは、8対16基ある大小さまざまなポットスチル(蒸溜釜)で蒸溜され原酒となる。一見、釜に入れたら機械任せのように見えがちなこの工程も、さながら子育てのように手間のかかる作業だと山谷さんは話す。 「子育てでも大人しい子、やんちゃな子という風にいろんな子がいますが、面白いもので長年やっているともろみの段階でどんな原酒に育つかイメージできるようになります。『初溜』と『再溜』の2回にわたって8~12時間かけて蒸溜するのですが、あまり炊きすぎてはいけないし、温度が低くてもうまく蒸溜できない。個々のキャラクターに合わせて、蒸溜の状況を見ながら手動で火加減を調整することもあります」。
こうした工程を経て初めてアルコール度数約70%の無色透明な「ニューポット」と呼ばれる原酒が誕生する。 「発酵から蒸溜まで、手間ひまかけた我が子のような存在が良い原酒となり、熟成という長い工程へ旅立っていく時は感慨深いものです」。 「水・麦芽・酵母」といった素材がウイスキーへと大きな変化を遂げていく発酵と蒸溜。その工程には大きなやりがいを感じると山谷さんは語る。
熟練の手作業で作る 原酒のゆりかごが 「白州」を育む。
森とつくり手に 見守られ 「白州」は静かに育つ
長い時間をかけて原酒を抱く樽もまた、ウイスキーの味わいに大きく影響する。そのため、白州蒸溜所では「樽づくりもウイスキーづくり」と考え、樽を自社製造している。
30枚以上の板を漏れのないように組み合わせる。
熟成の終わった樽はブレンドの工程へと進む。
「樽は異なる材質、形状で組み合わせるため、全て職人による手づくり。その手間と難しさから、樽まで自社製の蒸溜所は世界的にも珍しいと思います」。そう語るのは40年以上ウイスキーづくりのキャリアを持つ佐藤広道さん。「樽の状態のチェックは日課です。また、定期的にブレンダーと樽ごとの熟成度を確かめて回り、貯蔵環境が均一になるよう樽の配置替えをします」と佐藤さん。 「今日より明日の方が良いウイスキーを作れる。その自信があります」。仕込みから熟成まで全てのつくり手が口をそろえて話すその言葉は、日々の弛まぬ努力とウイスキーづくりに賭ける情熱に裏打ちされている。
貯蔵庫の床は自然の状態だ。庫内上部は温度が高く熟成も早い。均一に熟成させるため定期的に樽の配置替えを行う。
樽材は気温の変化による膨張と収縮で呼吸を繰り返す。年2%ほどの原酒が蒸散し、色と味わいを深める。
つくり手と自然と「白州」と。 長い長い物語を 五感で味わう旅へ出る。
ウイスキーづくりで気になることは、スタッフに何 でも訊ねてみてほしい。
自然と人が織りなす ドラマの舞台を訪れる
今回のリニューアルでは、見学ツアーの内容も刷新。ツアーアテンダントは「つくり手の想いとこだわり」にもフォーカスし、見学中に出会うつくり手や時にその人柄にも触れながら、今まさに何が行われているかをライブ感たっぷりのトークで解説してくれる。 また、テイスティングラウンジでは、ここでしか味わえない原酒をはじめ、約25種類のウイスキーが飲み比べできるほか、「白州」のハイボール・水割り・ストレートにマッチする地元の食材を合わせた「ペアリングセット」も愉しめるようになった。 白州蒸溜所と周辺に広がる大自然、そこで働くつくり手たちのウイスキーづくりのドラマ、そしてシングルモルトウイスキー「白州」。その全てを五感で味わえる見学ツアーにぜひ足を運んでみてほしい。
新登場の「ペアリングセット」。ハイボールには山椒が香る地産の玄米ポンせんべい、水割りには地元の酒蔵の 酒粕を用いた蒸しどらやき、ストレートには山梨の白桃ジャムを合わせる。