八ヶ岳南麓の8坪の家でのミニマルライフを実践している、陶芸作家の福井梓さんとご家族。モノの束縛から解放され、自分と自然に向きあうことができる暮らしをのぞいてみた。
個性ある筆の表現で高い評価を受ける
息を止めた一瞬にピリッと緊張感が漂ったかと思えば、迷いのない筆先がすっとしなやかな線を描く。ここは八ヶ岳南麓にある小さな一軒家。そのダイニングで絵付け作業をするのは、陶芸作家の福井梓さんだ。小学生の頃から書道を習い、筆を使う表現の面白さを感じていた梓さんは、両親が習っていた陶芸教室へ通うことに。そこで画家・陶芸家の小野雅代氏に筆の表現を「個性」と認められ、大学卒業後に小野氏に師事。成形、焼成、絵付けなどの工程が組み合わさる〝想像の芸術〞として魅力を感じ、陶芸にのめり込んでいった。そして2007年、「八仙窯」を開くため、両親とともに八ヶ岳へ移住したのだ。
「冬の凛とした静けさの中、窓越しの景色を眺める時間が好きです」と話す梓さんの視線の先には、スリット状の窓に切り取られた深々たる雪景色。この八ヶ岳の自然が、梓さんの繊細な技のための集中力とリラックスの効果を高めてくれているようだった。
七弁の花びらを持つ大輪の花を3段に描いた「千描大輪紅華 文鉢」。梓さん自らが名付けた『千描紅華文皿』のシリーズは、日本陶芸展入選、全陶展入賞を果たした代表作でもある。
最小限だからこそ必要なものが見える
移住前は東京都立川市の3LDKに賃貸で暮らしていた福井さん一家。梓さんが工房を持とうとした時期と、父・透さんの退職の時期が重なり、家族で移住という選択をしたという。候補は家族で年2〜3回訪れていた山梨の清里や長野などの自然豊かな場所。梓さんは「いつか住みたいと夢見ていた」とのことで、両親も大賛成で家探しが始まった。その最中にたまたま知り合った大工さんの家を見せてもらったところ、こじんまりとした家の魅力に気付いたという。
大工さんの家には余計なものはなかったが、生活が行き届いているという印象を受け、それを家族全員が気に入って建築を依頼することにした。大工さんを信頼するあまり、「屋根があればいい」と冗談交じりの要望を告げると、わずか8坪ながらも木と漆喰(しっくい)をふんだんに使った開放的な家が完成した。ミニマルな暮らしのために、収まらないものは全て処分して引っ越しした。それから16年、物が無いなら無いなりに暮らせることを実感しているという梓さん。家族3人とも「特に不便は無いです。鳥や花、自然豊かな八ヶ岳には楽しみが多い」とにっこり。
成形した器を乾燥させる間に、ベーグルやスープ、ケーキなどを手作りするのが梓さんの日常。大切なリラックスタイムだ。
光が差し込むキッチン。ボウル1個、鍋3個、ナイフ1本など、必要最低限の調理道具で賄っている。
そして梓さんの創作活動には変化もあったそうだ。例えば植物のスケッチを始めたこと。それまで「書」だけだった筆だが、繊細なタッチで描く花も絵皿のモチーフとなり、作品の幅が広がったという。また、愛犬の千くんの散歩中に出会った多肉植物の生産者と植木鉢でコラボするなど、人との不思議な出会いで仕事の幅が広がったとも。「今後も出会いを大切に、挑戦を続けていきたい」と、梓さんは目を輝かせた。
大工さんにお任せしたしつらえは、作品の展示にスペースにぴったり。 毎年11月に開催する八仙窯展は自宅で行う。
自然になじむ薪小屋は透さんが建てたもの。
Family Data
【Name】福井梓さん、透さん、直子さん
【Date】2007年12月
【Living style】完全移住
【job】陶芸作家
梓さんは東京都立川市生まれ。両親が陶芸教室に通っていたことがきっかけで、自身も陶芸の道へ。2013年に第22回日本陶芸展、全陶展入賞を果たすなど、陶芸家として名を残す。家族3人のうち誰かが1日1回は散歩に連れて行く愛犬の千くんが癒やし。
DATA
八仙窯
【エリア】山梨・北杜市
【他】8-sen.com
この記事を取材した人
ライター 小嶋かおり
愛知県の山間部出身で、自然のなかで遊ぶことが大好き。それゆえ八ヶ岳の人々の暮らしに興味津々で取材をしている。
カメラマン 松本幸治
鳥取県米子市出身。
2001年よりフリーランスカメラマンとして活動。
現在、愛知県を拠点に活動中。