人と暮らしが好きになる 僕らの家族にぴったりの場所

2つの仕事を持ち、どちらも柔軟に継続させながら ファミリーで移住した福岡さん。 自然、人、仕事に対する思いが溢れていた。

自営の場を移して家族の時間を育む

 「男女の幸せに寄与する仕事」と、自身の仕事を表現するのはジュエリーデザイナーの福岡克将さん。17年前に名古屋で起業し、現在は依頼の多い結婚指輪を中心に製作を行っている。全工程を鍛造で手作りする克将さんにとって、素材やデザインをイメージするため、結婚する2人を知ることはとても重要。そこでゆっくり話ができる場所が必要と考え、克将さんの頭には「それは森だ!」とひらめいた「。2人のことを知り、僕のことも知ってもらい、できる限りの仕事をしたい」という熱い思いは、森へと向かったのである。人とのつながりを大切にする克将さんが、仕事に真摯に向き合った結果が、移住への大きなきっかけとなった。

 森(=自然)への〝思い〞は、以前からあった。一つは「お金=幸せが必要になりがちな都会から離れたいという〝思い〞。もう一つは、子どもを授かって人間も自然の一部と感じたことで、家族と自然の中で暮らしたいという〝思い〞。同じ〝思い〞を持つ妻の央奈さんも移住に賛成だったという。

自然と人のありのまま その姿を作品に映し込む

 その〝思い〞を持って家を探し始めた夫妻には偶然の出会いもあった。克将さんの高校の恩師の個展が『八ヶ岳倶楽部』で開催されたのだ。そこで八ヶ岳倶楽部とのつながりができ、親切なアドバイスも移住の後押しになった。2020年11月、北杜市に見つけた家へ家族で転居。克将さんはガレージを改装した工房で製作を開始した。

 八ヶ岳の暮らしについて尋ねると、克将さんは「本当に居心地が良くて、疲れるにしても疲れ方が違う気がします」と話し、央奈さんは「心が通じるような人との距離感が心地いいですね」とにっこり。子どもたちはというと自由にのびのびとし、自分たちでできることが増え、2人からみても〝生きる力がついている〞と感じられるそうだ。

 また克将さんには、実はもう一つの顔がある。実家である名古屋の老舗たこ焼き店を継いだ、たこ焼き店の店主でもあるのだ。そこで今回の移住を機に、手作りのキッチンカーでのたこ焼き販売にもチャレンジ。週1回、スーパー『ひまわり市場』へ赴き、販売の合間にはジュエリー製作のPRも行った。そこでつながった人からジュエリーの発注もあるなど、八ヶ岳での生活を順調に手にしていった。 

そして昨年6月、念願をかなえるための物件を富士見町に購入し、央奈さんや友人と共に壁や床を自力で解体。骨組みがあらわになった家は、今年中に自宅兼工房にセルフビルドする予定だ。将来的には「雑貨、衣料、食品などを扱うショップや、土間を生かしたギャラリーをやってみたい。地域に喜ばれる場所にしたいな」と央奈さん。「結婚する2人の話をじっくり聞くなら、宿泊もできるようにしたいですね」と克将さん。「家は今年中にできるかな?」「どうかな〜」と会話する、2人の満ち足りた笑顔が家族の幸せを物語っていた。

Family Data_Case 6

【Name】福岡克将さん、央奈さん、 天くん、明くん、幸ちゃん
【Migration】完全移住 愛知県→山梨県北杜市 (長野県諏訪郡富士見町で自宅建築中)
【Working Style】自営業の場を八ヶ岳へ
オーダーメードの指輪などを鍛造で手作りする 『amakuni』は移転開業。たこ焼き店は『吉川屋八ヶ岳店』(キッチンカー)として展開。
【その他】www.amakuni.net
instagram.com/yoshikawaya.yatsugatake/
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ライター小嶋かおり
愛知県の山間部出身で、自然のなかで遊ぶことが大好き。それゆえ八ヶ岳の人々の暮らしに興味津々で取材をしている。



カメラマン 松井 進
大阪生まれ。山岳と建築写真を中心に活動しており八ヶ岳デイズの撮影にも携わる。

通りすがりにピンときた場所で仕事も子育ても気持ちいい暮らし

 夫婦ともに木工家具作家という西山さん。 気持ちいい環境で仕事がしたいとの思いから見つけた 理想の場所で、家族の幸せを紡ぐ。

 青い空を背景に、古い校舎のような佇まいが印象的な平屋の建物。横浜から移住した木工家具作家の夫妻、西川元気さんと美月さんの工房『木工yamagen』だ。「移住を考え、仕事場になる工場が欲しくて探していた時に、たまたま通りかかって見つけたのがこの建物。ひと目見てピン! ときて、そのまま大家さんを訪ねて『ここがいい!』って決めました」と元気さん。その後、すぐ近くに家族の住まいも借りることができた。

 しかし、そもそも建物との出合いがなければ、富士見町は移住候補地になかったという2人。田舎暮らし自体が初めてで、地域のこともほとんど知らないまま移住することに不安もあったという。「でも、移住してすぐに御柱祭があり、大家さんが参加を誘ってくれたんです。そこで地域の人にあいさつができて仲間に入れてもらいました。近くに同世代の人もたくさんいて、皆さん、本当にいい人で。御柱祭自体、7年に一度のことなので縁を感じました」。偶然の出合いとそこからつながる縁やタイミングで、西山さん一家の新しい暮らしは順調に始まった。

働き方が変化してもう都心にいなくてもいいと思った

 移住前も横浜で10年間、『木工yamagen』としてオーダー家具の受注製作を行ってきた西山さん夫妻。2人が移住を考え始めたのは、働き方の変化が大きかったという。「インスタグラムやホームページを見て、ネット経由でお問い合わせや注文をいただく仕事が増えてきて。もう都心にいなくてもいいんじゃないかって思い始めたんです。子どもたちも小学生になるし、移住するなら早いうちがいいと思いました」と美月さん。元気さんも「とにかく気持ちのいい環境で仕事がしたかった。移住よりも移転したいという気持ちが先でしたね」と話し、その思いが先述の移住先との出合いにつながっていく。

 現在、地元の小学校に通う長男の丈くんと次男の晴くんも、移住してすぐに友達ができ、毎日遅くまで外で遊んでくるという。仕事場と自宅が近く、子どもたちが自由に行き来できる環境だが、これも移住前にはなかったことだ。「親が働く姿を見せられるのもいいですし、木に触ったり、木を切ってみたがったり、創る楽しさに興味を持ってくれるのがうれしいですね」「夜が暗い、星がきれい、冬が寒いといった当たり前の自然を、ここでは子どもと一緒に共有できる。子どもたちが大きくなっても山登りやキャンプに行ったり、ずっとつながり続けられる気がします」と2人はうれしそうだ。

 工房にお邪魔すると、家具作りに必要な道具が並ぶ作業場と、その隣の部屋には代表作の椅子や佐久のホテルに納品予定というテーブルなどが置かれていた。「これまでよりずっと木を身近に感じています。今までも伐採以外、自分たちで作ってきたけれど、いつか地元の木で伐採から仕上げまで、全て自分たちの手でやってみたいですね」。仕事も家族の時間も、確実に豊かさと幸福度を増した西山さん一家の移住。気持ちのいい暮らしは、この場所で今日も続いていく。

Family Data_Case 5

【Name】西山元気さん、美月さん、丈くん、晴くん
【Migration】完全移住 神奈川県→長野県諏訪郡富士見町
【Working Style】八ヶ岳へ自営業の場を移す
川崎の家具製造会社で出会い、結婚を機に、夫婦で オーダー家具の受注製作を行う『木工yamagen』とし て横浜で独立。2023年3月に移住。

木工yamagen
【エリア】長野・富士見町
【電話】0266・78・3057 
【住所】長野県諏訪郡富士見町富士見8033-1
【その他】mokkouyamagen.com 
instagram.com/mokkouyamagen/
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カメラマン 篠原幸宏
1983年生まれ。20代後半の旅をきっかけに写真を始める。現在、長野県を拠点に活動中。

あえて変化を起こすために移住を決意 家族の“いい未来”を創造する暮らし

 自分たちの生き方や家族との時間のあり方を あらためて見直し、都心を離れ八ヶ岳へ。 いい未来を築くために決断した思いとは。

 村本さん一家が移住を考え始めたのは、今から約4年前のこと。東京で企業に務める夫の貴之さんと、会社を退職し、起業していた妻の彩さんは当時、自分たちの生き方についてよく話したという。「 30代後半に入って昇進や昇格に一喜一憂する自分に違和感を感じるようになりました。今の働き方の先に、本当に自分が生きたい姿はあるのだろうか。生きたい場所、子どもたちに見せたい景色は東京ではないかもしれない、と考えるようになりました」と貴之さん。彩さんも「コロナ以前は家族で夕飯を食べることは少なかったのですが、主人がテレワークになり、家族の時間が増えて。この時間を大切にしたいと2人で話すようになりました」と振り返る。

 北杜市に決めたのは「八ヶ岳と南アルプスに囲まれたこの場所にエネルギーを感じたから」と彩さん。「娘が思春期になる前に」と土地探しを始め、2022年に移住。長坂のトレーラーハウスに住みながら建築を進め、2023年夏、念願の家が完成した。

移住して良かったことは真央さんの変化だと2人は口を揃える。「東京にいた頃よりのびのびとしていて、声も、書く文字も大きくなりました」。ここで躰道に出合ったことも大きいと話す。躰道とは空手と体操を融合したような武道。真央さんは習い始めた途端に夢中になり、今では全国大会で4位になるほどに。「自分に自信がついたのか 、以前より心が強くなったと感じます」と貴之さんは笑顔だ。「東京にいた時は、子どもにはメジャーなスポーツを習わせて、自分もメジャーな会社で働いて、都内に一軒家を買っていい車に乗る、それが豊かさの正解だと思っていました」と彩さんは振り返る。「ここへ来て、自分たちの豊かさの価値観が変わってきました。家族と一緒に食事をし、いろいろなことについて話す。この対話の時間こそが、本当の豊かさだと思っています」。

子どもたちの変化を実感 豊かさの価値観も変わる

さまざまな人が交流し、価値観を広げる場に

 村本家の隣には、彩さんの会社が運営するコワーキングスペース『ヒュッゲの森』もオープン。「こうした場所を作りたいという思いは東京で起業した頃からありました。仕事で福岡県糸島市のゲストハウスを訪れる機会があり、いつか自分も作りたいと思って。家と隣接して建てるつもりで、土地も探しました」。

 ヒュッゲとはデンマーク語で「居心地がいい、楽しい空間」という意味を持つ。その名のとおり、窓の外に森の緑が広がる室内は居心地が良く、ここでならサクサクと仕事が進みそうだ。また奥にはリビングやキッチン、 階には宿泊スペースも備える。「ここで自由にコーヒーを入れて休憩したり、利用する人同士で交流を深めてもらえたらうれしいです」と彩さんは言う。「コワーキングって何だろう? と考えたら、一人で仕事をするだけではなく、そこに人との交流があることだということに気づきました。大人になればなるほど、職場や家庭などどうしても決まった人間関係だけになってしまいます。まったく違う環境で生きてきた人同士が時間を共有することで新たな世界が広がる。そんな場になればいいですね」。広い庭を利用して、今後は宿泊とセットで楽しむガーデンプロジェクトもやっていきたいという。「八ヶ岳へ足を伸ばす理由になればいいし、移住するのもありかもって思ってもらえたらうれしい。その人の人生がいい方向へ動くきっかけを作っていきたいと思います」。

Family Data_Case 4

【Name】村本貴之さん、彩さん、 真央さん、奏くん
【Migration】完全移住 東京都→山梨県北杜市
【Working Style】起業&単身赴任 貴之さんは会社員として週5日仙台で働き、週末に 八ヶ岳へ。彩さんは『イロドリブランディング』の代表としてここを拠点に活動。

  • ヒュッゲの森 Hostel & Workspace
  • 【エリア】山梨・北杜市
  • 【電話】090・4258・0867(火~土9:00~17:00)
  • 【住所】山梨県北杜市大泉町 西井出8240-853
  • 【営業時間】11:00~13:30
  • 【定休日】月~木、日、祝 (冬は月~水、土、日、祝)
  • 【その他】hygge-the-forest.com
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ライター 小山芳恵
ライター生活四半世紀。八ヶ岳に出合ってその魅力にはまり、ライフワークの一環として八ヶ岳デイズに携わる。


カメラマン 荻野哲生
1986年生まれ。旅する写真家。「写真からストーリーが伝わるように心がけています」。

夫婦はテンペ、子どもはスケート 夢中になれることを見つけた移住

病気をきっかけに人生を考え、家族で茅野へ。 テンペ作りと店の経営、子どもたちのスピードスケート。 忙しくも楽しい、家族の毎日だ。

テンペの魅力を広めるため 夫婦で二人三脚の日々

 テンペとは、インドネシア発祥の大豆発酵食品のこと。発酵食品とはいえ納豆のような匂いや粘りがないため食べやすく、さまざまな料理に使えるとあって昨今は健康食材として注目されている。

 このテンペに魅せられ、テンペ作りにはまり、ついにはテイクアウト弁当の専門店まで出した大友章義さん。もともと東京で物流のコンサルタントとして働いていたが、2017年に家族で茅野市へ移住した。そのきっかけは病気を患って人生を考える時間ができたことだと話す。「コンサルタントの仕事はどこにいてもできるから、いっそ自然の中でのんびり暮らしたいと考えました」。

 テンペに出合ったのは、移住して3年目のことだ。「テンペの唐揚げを初めて食べて、肉じゃないのに満足感があることに感動して自分で作りたいと思いました」と章義さん。試行錯誤を重ねて思い通りのテンペが作れるようになり、2021年に店をオープン。テンペの麻婆豆腐や魯肉飯など食べごたえ満点のものばかりだ。妻の由紀子さんがレシピを考案し、体に優しい多彩な弁当を提供し続けている。

 茅野市で章義さんがテンペと出合ったと同時に、娘ののどかさんと息子の信二くんもスピードスケートという夢中になれるスポーツに出合った。「きっかけは学校からの案内でした」と章義さん。実は茅野市はオリンピックで活躍した小平奈緒選手の出身地であり、スピードスケートが盛んな土地。練習場も充実していることから、2人ともすぐにのめり込み、実力を発揮して大会でも好成績を収めるほどに。章義さんや由紀子さんも子どもたちのサポートに余念がない。「子どもたちの送り迎えとテンペ作りをうまく両立して頑張っています。ここに移住したおかげで子どもたちが好きなことに出合えて本当に良かったと思います」と章義さんはうれしそうだ。「東京にいた頃は、父親として子どもに何かできることはないか?と模索していましたが、スピードスケートのサポートを通して2人の気持ちがより理解できるようになったと感じています」。


 また由紀子さんも、自身が変化して世界が広がったという。「東京では自転車移動ばかりでしたが、茅野市へ来てペーパードライバーを払拭し、車に乗れるようになったおかげで、子どもと一緒にいろいろな場所へ行けるようになりました」。都心とは違って自然が近いため、休日は思いつきで行動することもある。「今日は晴れたからキャンプに行こう! とか(笑)。特別なことは何もしませんが、家族で一緒に過ごし、楽しい経験をする時間が増えて、人生がより充実したと思っています」。


東京では朝から晩まで必死になって働き、一日の変化にも気づけなかったと章義さん。「ここで見られる美しい夕日が、一日の終わりに夕日があることを思い出さ
せてくれました。家族との時間も増えて、みんなの些細な変化にも気づけるようになった。自分の心にも向き合える時間ができて良かったです」。

 家族それぞれがやりたいことを見つけ、気づきと絆を深める。充実と幸福に彩られた、大友家の毎日だ。

Family Data_Case 3

【Name】大友章義さん、由紀子さん、 のどかさん、信二くん
【Migration】完全移住 東京都→長野県茅野市
【Working Style】八ヶ岳で起業
夫婦で弁当専門店「テンペキッチン」を営み、テンペ のネット通販も行う傍ら、章義さんは物流コンサル タントとして全国各地へ赴く。
  • テンペキッチン
  • 【エリア】長野・茅野市
  • 【電話】050・3743・9803
  • 【住所】長野県茅野市宮川4303-1-2
  • 【営業時間】11:00~13:30
  • 【定休日】月~木、日、祝 (冬は月~水、土、日、祝)
  • 【その他】tempe-oneface.com
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ライター 小山芳恵
ライター生活四半世紀。八ヶ岳に出合ってその魅力にはまり、ライフワークの一環として八ヶ岳デイズに携わる。


カメラマン 篠原幸宏
1983年生まれ。20代後半の旅をきっかけに写真を始める。現在、長野県を拠点に活動中。

原村で0〜2歳までの保育を実現! 自然と戯れ、「育つ力」を養う保育園

自然の中で遊び、生活リズムを整え、社会性と自ら育つ力を養う。 豊かな環境があるからこそ実現した、 原村初の乳児専門の保育園だ。

「今日はどこをお散歩しよう?」子どもも大人もワクワクの毎日

 住宅街の中にある、小さな保育園 。「 た だ い ま 〜 ! 」と 、 園児たちが元気に散歩から帰ってくる。小さな笑顔があちこちで見られ、とてもにぎやかだ。
 園長の橘田美千代さんがこの『八ヶ岳 風の子保育園』を立ち上げようと思ったのは、原村へ移住し、赤ちゃんを抱えながら酪農の仕事を行う女性と出会ったことがきっかけだ。「原村の保育園は10カ月からでないと預かってもらえないと聞いて、産休明けから預かる保育園を作ろうと思いました」。

橘田さんには、今から40年前、東京で保育園を立ち上げた実績がある。その経験を生かし、2021年7月に「乳児保育園を原村につくりたいプロジェクト」を設立。地元に住む保育士さんと共に、議会へ陳情した。「原村に乳児保育園が本当に必要か? と問われ、実績が必要とも言われました」。これからは乳児を預けて働くお母さんもきっと増えると考えた橘田さんは、「とにかく実績を作ろう」と2022年4月無認可の保育園を設立。翌年長野県の認可を取得し、生後57日目から預かる保育園を立ち上げたのだ。

遊んで、食べて、お昼寝当たり前の幸福が子どもを育む

『八ヶ岳 風の子保育園』では子どもたちの生活のリズムを整えることを大切にしている。1〜2歳児は登園したら近くへ散歩に行くのが日課だ。「子ども自身が持って〝育つ力〞を支えるために、自分が興味や関心を持てるような直接的な体験を大切にしています」と話す橘田さん。子どもたちは花を触ったり、虫をつかまえたりと、発見と遊びを繰り返しながらのんびり歩く。その姿を見て橘田さんは「子どもの感性と体が鍛えられます」と笑顔だ。「東京の保育園でも散歩はしましたが、ここの自然は毎日違う。その変化に、子どもだけではなく私たちも毎日感動していますよ」。

 散歩をした後は、汗をたくさんかいていればシャワーを浴びたり、手足をきれいに洗って、お楽しみのお昼だ。園の食事・おやつは全て手作り。添加物は一切使わず、米は有機米を、野菜も有機栽培をできるだけ使う。その野菜は、支援者の力を借りながら自分たちの畑で育てているものもある。「散歩している時に、『ここの畑で子どもたちを遊ばせていいですよ』と声をかけられたんです」と橘田さん。「子どもたちも毎日畑に出かけて、野菜を収穫したり、どろんこ遊びをして楽しんでいます。これらの貴重な体験から自然の楽しさを知り、社会性や自ら育つ力、感性が育まれると思います」。
 こうした保育は、園だけではなく「保護者と一緒に」が大切だと橘田さんは言う。子どもはもちろん親の幸せも大切にする、そんな保育園だ。

DATA

八ヶ岳 風の子保育園
【エリア】長野・原村
【電話】0266・75・1806
【住所】長野県諏訪郡原村3909-14
【その他】kazenoko8.com

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ライター 小山芳恵
ライター生活四半世紀。八ヶ岳に出合ってその魅力にはまり、ライフワークの一環として八ヶ岳デイズに携わる。


カメラマン 松井 進
大阪生まれ。山岳と建築写真を中心に活動しており八ヶ岳デイズの撮影にも携わる。

豊かな自然を生かした野外保育で子どもの“生きる力”を引き出す

野外保育の先進県・長野県の信州やまほいく特化型認定園であり、 移住家族にも人気の『野外保育森のいえ“ぽっち”』を訪ねた。

森の中を行くと、子どもたちの声が響いてくる。少し開けた場所に、木造りの園舎があり、 20名ほどの園児たちが自由に遊ぶ。富士見町の豊かな自然をフィールドに
した『野外保育森のいえ〝ぽっち〞』は、森そのものが遊び場で学び舎。
切り株に座って始まる朝の会もお昼ごはんも、子どもたちは1日の大半をこの森の中で過ごす。

子どもたちに「まっちゃん」と呼ばれる園長の松下妙子さんは、30年ほど前、結婚を機に大阪から富士見町に移住。自身の子育てを通じて、地元の子育て支援に関わるようになった。「長男が生まれて、森の中で野外保育を行う幼稚園の週末プログラムに参加したのですが、森の中という環境が心地いいのはもちろん、保育者である大人が管理的ではなく、子どもの力を信じて関わっていることに感動しました」。実際、息子も他の子どもたちも親が思う以上にいろいろなことを深く考え、行動することができるということを知り、そのことに自身の子育ての悩みも救われたという。「年齢ごとに同じことを学ぶ日本の教育では、どうしても優劣が生まれ、それが親の悩みや孤立にもつながります。でも、まずは、ありのままでいいよ、その上でみんなで心地良く過ごすためにはどうしたらいいかを子ども自身が体験的に知ることが大切。その実感を当事者として発信したいと思いました」。そんな思いを軸に、当時のママ友たちと、「ふじみ子育てネットワーク」を立ち上げ、2007年にNPO法人化。2010年から『野外保育森のいえ〝ぽっち〞』を開始した。

自然がくれる“本物の体験”が子どもの非認知スキルを育む

〝ぽっち〞での保育は、年長児から2歳児までの縦割り制だ。「子どもたちは自分のペースで、年齢に関係なく自由に遊びます。そのなかで自然に上の子が下の子を助け、コミュニケーション力も育ちます」と松下さん。子どもたちと一緒に昼食を作る毎週水・木曜の焚き火調理の日にも、敷地の畑から野菜を収穫してくる子、野菜を切る子、その横で葉っぱのおままごとに夢中な子など、どの子も自分のできること、したいことを自由に楽しむ姿が印象的だ。

そんな子どもたちを笑顔で見守りながら「森の中には、子どもが育つために必要な全てがある」と松下さんは言う。「常に変化する自然がくれる多様で本物の〝体験〞は、子ども自らで考え、決断し、行動する力といった、今の社会に必要とされる〝非認知スキル〞を育みます」。大人は自然の中での安全を守り、口も手も出し過ぎないことが大事だとも。子どもたちの〝生きる力〞は、今日も森の中ですくすくと育っている。

DATA

野外保育森のいえ“ ぽっち”
【エリア】長野・富士見町
【電話】0266・62・7254
【住所】長野県諏訪郡富士見町境10574(小六石入る)
【その他】fukosnet.com

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カメラマン 篠原幸宏
1983年生まれ。20代後半の旅をきっかけに写真を始める。現在、長野県を拠点に活動中。

家族が力を合わせてお互いの夢と大切な時間を支え合う

八ヶ岳と横浜での仕事、夫人の山小屋勤務、 子どもたちの趣味や部活。 互いの毎日を支え合いながら、家族の絆を育んでいく。

2人は良きMTB仲間!親子で楽しむ趣味の時間

富士見の名峰・入笠山に広がるアクティビティリゾート『富士見パノラマリゾート』。津田賀央さんと次男の光くんはほぼ毎週、ここでマウンテンバイクを楽しんでいる。小・中学校をアメリカで暮らした津田さんは、周囲の影響で子どもの頃からマウンテンバイクが好きだったと話す。「子どもの頃はマウンテンバイクの設計者になりたいと思っていました。大人になってからは乗ることもなくなってしまったのですが、移住してからは息子と一緒に乗るようになりました」。

 光くんが始めたきっかけは、母親の聡子さんの誕生日に家族で走ったことだ。「最初は大雨の中で走って怖かったし、ケガもしたことがあるけど、今は走るのが楽しい!」と元気に話す光くん。学校の同じクラスにMTB仲間の子たちがいることも、光くんの気持ちに拍車をかけた。今では 人は良き〝MTB仲間〞だ。「一緒に動画で学んだり、お互いのフォームについてアドバイスしあったり」と津田さん。2人とも走っているときは「頭の中真っ白!」と笑う。「親子の時間があるから気持ちがリセットされ、また頑張ろうと思えます」。

家族が互いに助け合い、母の夢と仕事をサポート

 横浜で会社員をしていた津田さんが家族で富士見町に移住したのは、津田さんがワークシフトという新しい生き方を選び『富士見 森のオフィス』を立ち上げたことが大きいが、聡子さんがライフワークとしている登山もその理由のひとつ。「大学生の頃から、丹沢山系などを登ってました。こちらに来てからますます登山が好きになりましたね」。

 子育てがひと段落したら、いつか山小屋で働きたいと考えていた聡子さんに転機が訪れたのは、夏沢鉱泉の山小屋を訪れたときだ。「オーナーから、ここで働いてみないか? と言われて。家族に反対されるかな、と考えました」。だが、聡子さんの心配は杞憂に終わった。「良かったねお母さん!今やらないでどうするの? って背中を押してくれました」。

 聡子さんは週末を中心に山小屋で働き、登山者をサポートする。仕事は大変だが「登山者の充実感に、自分も幸せな気持ちになる」と楽しそうだ。また頼まれれば登山ビギナーを対象にガイドも行う。そんな聡子さんを支えるべく、津田さんも仕事の合間を縫って、家族の料理を作ったり子どもの送り迎えなど、家事をサポートする。

こうした支えができるのも、時間に縛られて働く仕事ではないからだ。最近は長男の嶺くんがスパイスカレーや卵焼き、光くんも野菜炒めなどを作るようになったそう。お互いのやりたいことを応援するために家事を分担する。それが津田家の〝当たり前〞のルールだ。

ただ、夕暮れを一緒に過ごすこの時間が家族の原動力

 聡子さんの仕事や嶺くんの部活動で、家族が一緒に過ごす時間が以前より少なくなる日々。そんな中、津田さんもまた横浜で新たなコワーキングスペース事業を立ち上げた。現在は週に4日、横浜へ通う。「デザイナーや建築家など、クリエーターのためのスペースをつくってます。絵の具や木工など、どれだけ汚してもいい空間で、A1サイズのプリンターも導入しました」と津田さん。背景には『森のオフィス』での経験があると話す。「森のオフィスでは人のつながりができて新たな仕事もたくさん生まれました。八ヶ岳だからできるのか、違う場所でもできるのかを、生まれ育った大好きな横浜で試してみたいと思いました。創作活動は人と人とをつなげやすいもの。ゆくゆくは八ヶ岳と横浜をつなげられればと思っています」。一方で、光くんと楽しむMTBをもっと広めたいと、今年 月には仲間と共に『諏訪八ヶ岳マウンテンバイク協会』を設立、こちらも多忙だ。

 それぞれの夢や目標に向かって歩き出した津田さん一家。だからこそ、家族で過ごす日はかけがえのないもの。「ごはんを食べながら、散歩をしながら家族で話す。この時間が今は何より大切だと感じています」。

Family Data_Case 1

【Name】津田賀央さん、聡子さん、 嶺くん、光くん
【Migration】完全移住 神奈川県→長野県諏訪郡富士見町
【Working Style】八ヶ岳で起業
津田さんは『富士見 森のオフィス』を運営する一方、 2023年に横浜でもコワーキングスペース『PILE』を設 立。聡子さんは週末に夏沢鉱泉で仕事をする。
【HP】富士見 森のオフィス/morino-office.com 
PILE/pile.yokohama 
聡子さん instagram/@yasashii_yamajikan

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ライター 小山芳恵
ライター生活四半世紀。八ヶ岳に出合ってその魅力にはまり、ライフワークの一環として八ヶ岳デイズに携わる。


カメラマン 石塚実貴
1984年生まれ。制作会社や広告代理店を経て2013年フリーランスとして独立。雑誌・広告等を中心に活動中。