都会の真ん中で暮らす人生から、導かれるように八ヶ岳へ。
念願の農家レストランを開き、そこで出会った仲間たちと野菜をつくり、絆をつくり続ける矢沢さん夫妻の楽しい毎日を覗く。
野菜もみそも手づくり 憧れの農家レストラン
目の前に南アルプス、彼方に富士山。遮るもののない絶景を臨む古い一軒家の食堂。長い年月を経て黒光りした柱や梁が趣を感じさせるたたずまいだ。「江戸時代の建物です。この前掃除していたら、江戸の通貨が出てきたから」とにこやかに話す店主の矢沢吉美さん。
具だくさんのみそ汁、スライスニンジンとナッツのサラダなど、どれも吉美さんが心を込めてつくったひと皿。
お手製のチーズタルト¥300はしっとり濃厚な味。
東京で家庭菜園の楽しさを知り、野菜ソムリエの資格を取得。そこで知り合った仲間とともに農家レストランを営むために小淵沢へ移住するも、計画は白紙に。しかし、夫の正文さんと出会ったことがきっかけでこの家に住み、図らずも店を営むことになった。「大家さんが夫の知り合いで、最初は荷物の置き場所として使わせてもらう予定でしたが、〝ここに住んだら?〞という話になって」と微笑む吉美さん。正文さんも「大工の親戚に道具を借りて、自分たちでリフォームしました。それもまた楽しかったですね」と笑顔で話す。
自家製漬物の数々。
リフォームはもちろん、家具類も正文さんが製作。
2022年、2人が自然農で作った野菜を中心とした料理を提供する食堂をオープン。「お店を始めてからは畑仕事は主に夫が担当。私は料理に専念しています」と話す吉美さんは、レストランでシェフのアシスタントを務めた経験を生かして腕を振るう。ほのかに大地の香りが漂うゴボウのかき揚げ、自家製ドレッシングをかけたフレッシュなサラダ、たっぷり野菜が入った滋味豊かなみそ汁など、まさに〝季節のもの〞が主役のメニューだ。
野菜に限らず、ランチに添えられる漬物やみそ、しょうゆもすべて吉美さんが一つ一つ丁寧に仕込む。見るからに大変そうだが、「こういう暮らしがしたかった。今がとても楽しい」と吉美さんは満面の笑顔を見せる。
「山ひこ農業部」では「今日、手が空いているならちょっと収穫手伝ってくれない?」とお互いに声をかけあい
ながら、緩やかなつながりで、お互いに助け合っている。
農業部の仲間とともに自然農を学び合う日々
「山ひこ」で使われる野菜はほぼ正文さんが作っている。遊休農地を借りて手がける畑は3カ所あり、1年を通して30種類ほどの野菜を作っているというから驚きだ。正文さんは吉美さんと相談して、自然農を選択。その名の通り農薬や化学肥料を使わず、自然に近い環境で野菜本来が持つ生命力を生かして栽培する方法だ。「最初は大変でしたが、やり始めたら楽しくなって。今では水はけがよく、バクテリアもすむようになっていい野菜が育つようになりました」と笑顔だ。こうした自然農に関心のある常連客の間で「山ひこ農業部」が誕生。同じ自然農を目指す仲間たちが集まり、にぎやかに農生活を楽しんでいる。「お互いに情報交換をしたり、収穫を手伝ったりしながら協力して自然農を勉強しています」。
土の下から掘り起こしたニンジンは、甘みがぎゅっと凝縮されて濃厚な味わい。吉美さんはサラダはもちろん、煮物でもふんだんに使う。
夏に収穫されるキュウリやトマト、葉物野菜の数々。
こうした活動は農業部だけではない。「音楽が好きな人が集まって芸能部をつくったりもしています」と夫妻でにこやかに話す。穏やかな空気、人、心のこもったおいしい料理。優しく温かい正文さんと吉美さんの周りには、常に多くの人が集まる。
「山ひこ」のリフォームにも役立っている、正文さんの木工スキル。
芸術系の大学を卒業した正文さんは東京で絵画教室を営んでいたが、
生まれ故郷の富士見町へ戻り、今は吉美さんと店を切り盛りする合間に木工製作を手がけている。
Family Data
【Name】矢沢正文さん 吉美さん
【Date】2018年5月
【Living style】完全移住
【job】飲食業経営
吉美さんは東京で金融機関に務める傍ら家庭菜園を行っていたが、自分でつくった野菜で料理を振る舞う楽しさを知り、野菜ソムリエの資格を取得。その後、農家レストランの開業を目指して移住。正文さんと出会い、「小さな食堂 山ひこ」を開店。
DATA
小さな食堂山ひこ
【エリア】長野・原村
【電話】090・8585・1312
【住所】長野県諏訪郡富士見町立沢688
【営業時間】11:30~15:00
【定休日】水~金
この記事を取材した人 ライター 小山芳恵 ライター生活四半世紀。八ヶ岳に出合ってその魅力にはまり、ライフワークの一環として八ヶ岳デイズに携わる。 カメラマン 石塚実貴 1984年生まれ。制作会社や広告代理店を経て2013年フリーランスとして独立。雑誌・広告等を中心に活動中。