
東京から原村へ
原体験を求めて移住
青空にくっきりと稜線を描く八ヶ岳の雄姿。家族で遊びに行った蓼科の帰り道、ふと目に入ってきたその風景に「エコーラインから八ヶ岳と棚田の絶景に感動して。ここに住みたい!と強く思いました」と話す神山香奈さん。
当時は東京の真ん中で夫の潤さん、息子の環くん、娘のちとせちゃんと暮らしていた。「米が育つ場所で子育てをしたい」と二拠点生活も視野に、那須や奥日光など各地でキャンプをしている矢先の出来事だった。さっそく原村で家を探し、しばらくは東京と行き来する生活を始めた。だが、次第に加熱する中学受験に違和感を覚え、環くんのためにも1年間原村で暮らすことを決意。
現地では環くんもちとせちゃんもすぐに友人ができ、神山さんもここで過ごすにつれて考え方が変わったという。「当時私はキャリアコンサルタントの仕事をしていましたが、ここでは社名も肩書きも関係ない。それで人を見定めるということはないここでのこの暮らしに、今度は会社員でいることに違和感を覚えるようになったんです」。10年度の人生を想像し、企業勤めを辞めることを考え始めた。

移住にあたっては富士見町にあるシェアオフィス『森のオフィス』が主催するプロジェクト創出ワークショップ「ignite」に顔を出すなど、積極的に人脈づくりにいそしんだ神山さん。「さまざまな人に出会うことができました。私の価値観を変えてくれたすべての人に本当に感謝をしています」と神山さんは笑顔で話す。



自然豊かな原村での暮らしに子どもたちものびのびと過ごしている。「原村の小学校に入ってから、環が『ここは自由だ!』と言ってます。東京の学校の雰囲気と比べてもたしかに段違いに自由なので、我が家には合っていたようです」(神山さん)。
農場の仕事を通して
地域に恩返し
原村での暮らしにも慣れ、キャリアコンサルタントの仕事にきりをつけようと考えていたタイミングで、神山さんはとある農場施設と出合う。「知人の紹介もあり『八ヶ岳農業大学校』のお手伝いをすることになったんです」。

総面積約267ヘクタールという広大な敷地を有する『八ヶ岳農業大学校』。山々に囲まれ、東に八ヶ岳連峰、西に北アルプス、南に南アルプスを望める。
87年の歴史を有する八ヶ岳農業大学校は、2024年の春から経営体制が刷新された。ここをさらに活気づけるべく、神山さんは営業担当として、学校で作った野菜や牛乳の販売に奔走。校内の直売所はもちろん、取り扱い先を増やす活動に力を注ぐ。「うちの牛乳、甘くてコクがあるんです。子どもたちもこの牛乳が大好き。自信を持って売っています」と笑顔だ。

農場で採れた新鮮な野菜や乳製品を販売する直売所。

再建前は製造を止めていた牛乳だが、「生徒が一生懸命育てている牛のミルクを飲ませてやれないのは悲しい」と去年の夏から販売を再開。濃厚でコクがあり、ほのかな甘みが魅力。
そのほか、イベントやサマーキャンプの企画・運営も担当。昨年はクリスマスマーケットを初開催し、多くの人々を動員した。「地域を巻き込むことで、地元の人とのつながりも深くなる。相乗効果で恩返しができたらうれしいです」。地元の作家や飲食店のキッチンカーを呼んでのシーズンイベントは、今後も展開していく予定だ。
自然や命と触れ合い
新たな夢が生まれる
環くんやちとせちゃんにとっても八ヶ岳農業大学校が学びの場にもなっている。「学校が休みの日は朝一緒に出勤して(笑)、ここで過ごしています。会社員の時と違って自分が働く姿を見せられることが、彼らにとってはいいロールモデルになっていると思います」と神山さん。

農場の体験ワークショップでは牛の餌やりも行う。子どもたちは、最初は恐る恐るでも、次第に「かわいい」と笑顔に。

畑にて採れたてのトウモロコシをがぶり。
酪農体験で牛のブラッシングや世話を行う中で、生き物との触れ合いの楽しさを知っていく子どもたち。環くんは、運よく子牛の出産シーンに立ち会ったことがきっかけで、農場の獣医になる夢を持ったという。

環くんは「抱っこできるから」と養鶏体験がお気に入り。

子牛の出産シーンは、環くんの中で印象的な出来事だったそうだ。
「東京では中学受験に対して後ろ向きだった環が、勉強を頑張り始めたのを見て、原体験が動機となって子どもたちの心が育ち、将来につながっていくのだと改めて実感しました」と神山さんは話す。「親として、人生のハンドルは自分で握ってほしい。でもそういう人に育てることは、結局、自分自身を育て続けることが大事なんだと気付きました」。子育てと仕事を通して自分自身も成長する日々。神山さんの挑戦はまだまだ終わらない。
【Name】神山香奈さん、潤さん、環くん、ちとせちゃん
2020年の秋、八ヶ岳を訪れてその景色に魅せられ移住を決意。2021年から約2年間、東京と八ヶ岳を行き来する二拠点生活を経て家を探し、2024年に完全移住。夫の潤さんはリモートワークで仕事を続けている。
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DATA
八ヶ岳農業大学校
【エリア】長野・原村
【電話番号】0266・74・2111
【住所】長野県諏訪郡原村17217-118