
以前は鍼灸院兼住宅だった建物をリノベーション。カウンターは端材を再利用したものだ。
小さな焙煎所から漂う香りが、人々の足をふと止める。交わされる声や笑顔が、新しいつながりを結ぶ。その営みは静かに根を下ろし、街に文化の芽を育む風景となる。
コーヒーに導かれ
長坂の地に辿り着く
コーヒーは、人生の営みそのもの――そう語るのは、北杜市・長坂に『YORI COFFEE』を構える岩井俊樹さんと都さん夫妻だ。2017年に東京・西荻窪でコーヒー豆の卸売と焼き菓子販売のブランドを立ち上げ、2025年3月に念願の実店舗を構えた。店名には、糸を撚るように人が関わるという意味が込められる。

自家焙煎のコーヒーは、 浅煎りから深煎りまで扱い、こだわりの抽出器具で丁寧にハンドドリップする。
大学時代にコーヒーと出会い、バリスタを志した俊樹さんは、やがて宿泊事業を展開する『バックパッカーズジャパン』でコーヒー事業を任されることとなる。宿やバー、カフェが街に新しい交流を生み出す光景を目の当たりにし、コーヒーが「景色をつくる力」を持つことを確信した。

バナナブレッド
「コーヒーあってのお菓子」がモットー。全粒粉とてんさい糖を用い、浅煎りコーヒーの余韻を引き立てる。
八ヶ岳への移住を思い描いていた矢先、会社が川上村でキャンプ場を展開することになり、転勤という形で北杜に拠点を移すことに。そこから2年をかけて土地を探し、この場所に出会ったのだ。理想は「駄菓子屋みたいな、街のリビング」。まるで導かれたかのようにたどり着いたこの場所で、訪れる人たちとともに、新しい風景を紡いでいる。

ハンドドリップコーヒーやカフェラテのほか、レモネードやナチュラルワインも揃う。

坂道に佇むシックな外観の『YORI COFFEE』。付き合いのある大工に依頼し、小さいながらも使いやすい店舗兼住居になった。

コーヒー豆の卸売は、東京のほか八ヶ岳でのパートナーも増えている。自宅用の購入もできる。
1軒のコーヒー店が
街に新たな流れを生む
「東京で人がたくさん来るお店を目指すよりも、家族の時間を大切にしつつ、コーヒー業界に貢献し、来てくれる人にとって良い店をつくりたい」と俊樹さん。長坂は、昔からの住民と移住者が共に暮らす町だ。

森の一軒家に憧れた時期もあったが、電車が走り、商店街が息づく長坂は、移住後にこそ見えた「ちょうどいい距離感」の街だった。
『YORI COFFEE』にも学生から年配客まで幅広い人が訪れる。小さな看板娘である長女・縞ちゃんの姿が、子育て世代が気軽に集まりやすい雰囲気を生む。住まいは店舗の奥にあり、仕切りを開け放せばひと続きの空間に。通勤0分の暮らしが、仕事と生活をゆるやかにつないでいる。「プロとしての誇りは持ちつつも、コーヒーは食べることと同じように、生きる営みの真ん中にあるんです」。

躯体はそのままに、断熱と外壁工事を施し、小さな空間に工夫を凝らせた。

店舗の上は自宅のロフトスペース。家族の気配がほどよく伝わる。

コーヒーの香りが大好きな長女の縞ちゃん。自宅と店を行き来している。

窓を額縁に、石垣が絵画のように映える。雨に濡れる姿もまた趣を添えてくれる。
今後は、新しい焙煎機の導入や食事メニューの提供に加え、トークイベントなどを通じて多彩な分野の人々が集う場を思い描いている。目指すのは「文化が生まれる場」。地域の子どもたちが多様な価値観に触れ、未来の選択肢を広げる場にもなるだろう。一杯のコーヒーの存在が、暮らしのなかに小さな灯をともしてくれる。
DATA
YORI COFFEE
【エリア】山梨・北杜市
【住所】山梨県北杜市長坂町長坂上条2493-31
【営業時間】8:00~17:00
【定休日】水、木
【他】YORI COFFEE 公式Instagram(こちらをタップ)
この記事を取材した人
ライター 綾部綾
長崎県出身。故郷の港町とは全く違う八ヶ岳の景色と空気感に魅せられ、取材の機会を心待ちにしている。
カメラマン 篠原幸宏
1983年生まれ。20代後半の旅をきっかけに写真を始める。現在、長野県を拠点に活動中。









